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東京高等裁判所 昭和62年(ネ)1444号 判決

控訴人

甲野花子

右訴訟代理人弁護士

高橋義道

被控訴人

乙川雪子

右訴訟代理人弁護士

田中紘三

羽賀千栄子

主文

本件控訴を棄却する。

控訴人の当審における予備的反訴請求を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

一  控訴人は、「1原判決中、控訴人に関する部分を次のとおり変更する。(一)被控訴人の本訴請求を棄却する。(二)控訴人と被控訴人との間において、乙川家の祖先及び亡乙川春夫の祭祀主宰者が乙川夏夫(第一審本訴被告、同反訴原告)であることを確認する。2予備的に、被控訴人は控訴人に対し、亡乙川春夫の焼骨を分骨せよ(当審において右請求を追加した。)。3訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却及び控訴人の当審における予備的反訴請求を棄却する旨の判決を求めた。

二  当事者双方の主張及び証拠は、左記のとおり付加するほかは、原判決事実摘示と同一であるから、その記載を引用する。

(控訴人の当審における予備的反訴請求の請求原因)

仮に被控訴人に亡乙川春夫の焼骨を引き取つて改葬する権利があるとしても、控訴人にもまた右焼骨を祭祀承継者である乙川夏夫に管理させるべきことを求める権利があるから、右焼骨につきその分骨を求めるものである。

理由

第一本訴について

一乙川春夫(以下「春夫」という。)が亡乙川正男(以下「正男」という。)と第一審被告(反訴原告)乙川月子(以下「月子」という。)との間の長男であり、第一審被告(反訴原告)乙川夏夫(以下「夏夫」という。)、同乙川秋夫、同乙川冬夫、同乙川年夫、控訴人がそれぞれ正男と月子との間の次男、三男、四男、五男、長女であること、昭和一九年一〇月一日正男が死亡し、春夫がその家督を相続したこと、昭和二八年被控訴人が春夫と婚姻し、その間に長女和子をもうけたが、昭和四九年八月二三日春夫が死亡し、被控訴人がその葬儀の喪主をつとめ、春夫の焼骨を分離前第一審被告○△寺(東京都台東区〈以下省略〉所在)の墓地内にある「乙川家之墓」と刻した墳墓に納めたこと、春夫がその生前右墳墓を祭祀財産として承継し、乙川家祖先の祭祀を主宰していたことは当事者間に争いがない。

二〈証拠〉を総合すると、以下の事実を認めることができる。

(1)  被控訴人が春夫の葬儀の喪主をつとめ、その焼骨を○△寺内の前記墳墓に納めたことについては、親族らのなに人にも異論がなく、右○△寺との関係においては乙川家之墓の施主名義が被控訴人に改められ、以後春夫の一周忌、三回忌、七回忌その他盆などの法事についても被控訴人が施主をつとめたが、これについてもまた親族のなに人からも異論が出なかつたこと、

(2)  被控訴人は春夫死亡後も従前どおり東京都江戸川区〈以下省略〉の住居において月子と生活を共にし、右住居には乙川家祖先の位牌を納めた仏壇があつたが、春夫の死亡後被控訴人が新たに仏壇を買い求め、右祖先の位牌と共に春夫の位牌を納めて礼拝して来たこと、

(3)  春夫はゴルフ場での競技中に急死したため(享年五一歳)、あらかじめ乙川家祖先の祭祀を主宰する承継者を指定しなかつたこと、

(4)  その後被控訴人と月子との折合いが悪くなり、昭和五七年六月一六日被控訴人は姻族関係を終了させる旨の意思表示をし、同月二六日ころ月子は前記住居を出て控訴人方に身を寄せるにいたつたこと(右姻族関係終了の意思表示がなされたことは当事者間に争いがない。)、

(5)  同年九月ころ被控訴人が○△寺に対し乙川家祖先の祭祀についての施主を交替したい旨申し出たため、夏夫がこれに代つて施主をつとめることとなり、親族のなに人もこれに異論がなかつたこと、

(6)  昭和五八年一月ころ被控訴人は○△寺に対し被控訴人方の仏壇に納めてある春夫の位牌以外の位牌を預かつてほしい旨申し入れたが断わられ、結局、昭和五九年四月三〇日ころ夏夫が被控訴人から春夫の位牌を除く祖先の位牌と仏壇の引渡を受け、他方、被控訴人は新たに仏壇を購入してこれに春夫の位牌を納めるとともに、東京都葛飾区〈以下省略〉所在の△△寺に春夫の墳墓を建立し、その焼骨を改葬する計画を立て、○△寺に対し改葬の承認を求める旨の書面を提出したこと、

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

三以上認定の事実によれば、被控訴人は春夫の死亡に当たり喪主としてその葬儀を営み、これを埋葬するとともに同人の供養等その祭祀を主宰することを開始し、これとは別に乙川家祖先の祭祀については、その主宰者が正式にきまらないまま、事実上春夫のあとを受けてこれを主宰して来たが、前記のとおり姻族関係終了の意思表示をした時をもつて右祖先の祭祀を事実上主宰していくことについてはこれを止めるにいたつたものということができる。

このように、夫の死亡後その生存配偶者が原始的にその祭祀を主宰することは、婚姻夫婦(及びその間の子)をもつて家族関係形成の一つの原初形態(いわゆる核家族)としているわが民法の法意(民法七三九条一項、七五〇条、戸籍法六条、七四条一号参照)及び近時のわが国の慣習(たとえば、婚姻により生家を出て新たに家族関係を形成したのち死亡した次、三男等の生存配偶者が原始的に亡夫の祭祀を主宰していることに多くその例がみられる。)に徴し、法的にも承認されて然るべきものと解され、その場合、亡夫の遺体ないし遺骨が右祭祀財産に属すべきものであることは条理上当然であるから、配偶者の遺体ないし遺骨の所有権(その実体は、祭祀のためにこれを排他的に支配、管理する権利)は、通常の遺産相続によることなく、その祭祀を主宰する生存配偶者に原始的に帰属し、次いでその子によつて承継されていくべきものと解するのが相当である。

したがつて、本件においては被控訴人は春夫の死亡に伴い、その祭祀を主宰する者として本件焼骨の所有権を原始的に取得していたものとみるべきであり、右焼骨が一たん乙川家祖先伝来の墳墓に納められたとしても、この理にかわりはないから、被控訴人がこれを争う控訴人に対し右焼骨の引取り及び改葬についての妨害の排除を求める本訴請求は理由があるものといわなければならず、被控訴人が前示のとおり姻族関係終了の意思表示をしたのちに乙川家の墳墓から春夫の焼骨を引き取つてこれを改葬せんとすることも格別これを不当視すべきいわれはない。

四控訴人は、抗弁として、被控訴人が前示のとおり姻族関係終了の意思表示をしたことにより祭祀主宰者の地位を喪失し、したがつてまた春夫の焼骨についての権利も失つた旨主張するが、さきに説示したとおり、被控訴人は右意思表示により乙川家祖先の祭祀につき事実上これを主宰して来たことを止めるにいたつたものにすぎず、春夫の祭祀についてはそのこととは関係なく同人の死亡後原始的にこれを主宰しているものとみるべきであるから、右抗弁はその前提を異にし、失当というほかはない。

五又、被控訴人は、抗弁として、夏夫が乙川家の祭祀主宰者と定められたので、春夫の焼骨についてもその権利を取得した旨主張し、さきに認定したとおり、夏夫が乙川家祖先の祭祀を主宰することとすることについては、親族のなに人からも異論がなく、同人の昭和五九年四月三〇日ころ被控訴人から春夫の位牌を除く祖先の位牌と仏壇を引き取つた時をもつて、同人を乙川家祖先の祭祀を主宰すべきものに定める旨関係者全員の間で黙示の協議が成立したものと認めることができ、また、このように関係者の協議によつてこれを定めることが民法八九七条の法意を逸脱するものではないと考えられるが、同人が今後事実上春夫の供養にも当たることはともかく、同人によつて承継された祭祀財産のうちには春夫の焼骨、位牌が含まれていないものとみるべきことはさきに説示したところによりおのずから明らかであるから、右抗弁も採用の限りではない。

第二反訴について

一被控訴人は、控訴人が被控訴人との間において春夫及び乙川家祖先の祭祀主宰者が夏夫であることの確認を求める反訴請求は、家庭裁判所の職分に属する事項を求めるものであつて、不適法である旨主張するが、右反訴請求は祭祀主宰者たる地位を形成的に定めることを求めているのではなく、関係者間の協議によつてすでに定まつている右地位の確認を求めているものであるから、被控訴人の右主張は理由がない。

二ところで、被控訴人が控訴人の反訴にかかる右請求につき争つていることは、本件弁論の全趣旨により明らかである。

三そこで、本案につき判断するに、夏夫が乙川家祖先の祭祀の主宰者に定められたことはさきに認定したとおりであるが、その祭祀財産のうちには春夫の焼骨、位牌が含まれておらず、春夫の祭祀については被控訴人においてこれを主宰しているものとみるべきことはこれまたさきに説示したとおりであるから、右反訴請求は、夏夫が乙川家祖先の祭祀の主宰者であることの確認を求める限度においては理由があるが、その余の部分については理由がない。

四次に、控訴人の当審における予備的反訴の請求については、関係者の間の協議によつて右請求の趣旨を定めることはともかく、そもそもこのような請求を認容すべき法的根拠がないから、これまた理由を欠くものというほかはない。

第三以上の次第で、被控訴人の本訴請求は、これを正当として認容すべきであり、控訴人の反訴請求は、さきに判示した限度で正当として認容すべきであるが、その余は失当として棄却すべきであり、これと同旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴人の当審における予備的反訴請求も失当であるから、これを棄却し、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官中村修三 裁判官山中紀行 裁判官関野杜滋子)

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